広大な八ヶ岳の自然の中で、トレーラーハウスを活用した宿泊体験を提供する「ザ ノマド 八ヶ岳」。その独自のスタイルは、ただ泊まるだけでなく、自然と一体となる時間を楽しむことに重点を置いています。さらに2024年6月、トレーラーハウスならではの可能性をさらに広げるべく、株式会社Nomad Trailersを創業し、新たな宿泊施設「THE NATURE 八ヶ岳」をオープン。より洗練されたデザインと快適な空間を融合させた、新しい宿泊体験を提案しています。
これらの事業を運営する元ホテルマン、大野修一さんに、トレーラーハウスという選択に至った経緯や、「ザ ノマド 八ヶ岳」「THE NATURE 八ヶ岳」の魅力、そして日本の自然が持つ可能性について伺いました。
Profile
大野 修一|Shuichi Ōno
約27年の外資系ホテルマン生活を経て、2022年に自然の魅力を伝えるトレーラーハウス型宿泊施設「ザ ノマド 八ヶ岳」(山梨)を開業。その後、トレーラーハウスならではの体験価値をさらに広めるべく、2024年 ㈱Nomad Trailersを共同創業し、第一弾ホテルとして「THE NATURE 八ヶ岳」を開業。
新たな挑戦への決意|自然と調和する宿泊体験の創造
「宿泊施設は、ただ泊まるための場所ではなく、その地域を楽しめる拠点であり、これまでの一般的なホテルとは異なる、新しい宿泊体験を提供するものにしたいと思っています。」
そう語るのは、25年以上にわたり東京でホテル業界の第一線で活躍してきた大野さんです。外資系ホテルでのキャリアでは、数々のゲストを迎え、最高のホスピタリティを提供することに心血を注いできました。しかし、その日々の中で、ある一つの思いが頭をもたげてきたといいます。
「日本に来る海外のお客様が観光地を巡る際、ほとんどの場合、富士山や京都、ニセコのような有名な自然を楽しむ観光地だけが選ばれるのを目にしていました。しかし、日本にはもっと多様な自然の魅力があり、それが十分に伝わっていないと感じたんです。」
東京に出張で訪れるゲストたちが週末に足を延ばす観光地を尋ねてみると、その多くが有名な場所ばかりだったといいます。それ自体は素晴らしいことですが、一方で、日本の地方に広がる豊かな自然が十分に知られていない現状に気づかされたのです。こうした状況を見て、日本の豊かな自然の魅力をもっと発信したいという思いが芽生えたと言います。
一方で、起業にあたっては、自身のキャリアを活かしたいという思いも強くありました。「異業種に挑戦するのではなく、これまで積み上げてきたホテル業界での経験を活かし、新しい形の宿泊体験を作りたかったんです。」
25年以上のキャリアの中で築いてきたスキルと経験を活かしつつ、自分自身がもっと自由に動き、創造性を発揮できる場所を探していたのです。「これまで会社のために働いてきた時間を、これからは自分自身のため、そして地域や自然と向き合うために使いたい」と強く思うようになりました。こうした思いが、八ヶ岳での挑戦へとつながっていきます。
「人生を週単位で数えると、約4000週間しかありません。そのうちどれだけを本当に自分のために使えるのか。そう考えたとき、残りの人生をどう生きるべきかが見えてきました。」
この思いが、八ヶ岳での新たな挑戦の出発点となったのです。


八ヶ岳を拠点に選んだ理由|見晴らしの良い土地との出会い
「八ヶ岳は、幼少期から家族と訪れていた懐かしい場所です。しかし、本格的にこの地で事業を始めようと考えたのは、ある偶然の出会いがきっかけでした。」
八ヶ岳をドライブしていた際、ふと目に留まった広い敷地。それがすべての始まりでした。
「車を降りてその場所に立った瞬間、澄んだ空気と広がる景色に圧倒されました。見晴らしの良さと澄んだ空気が、この土地での新しい挑戦を後押ししてくれる気がしたんです。」
土地の持ち主を調べるところから、挑戦が始まりました。土地の持ち主を調べ、直接交渉を始めます。
初対面の地主の方に「この土地をお借りできないでしょうか」と直談判しました。「もちろん、最初は簡単に首を縦に振ってもらえませんでした。ですが、何度も足を運び、このプロジェクトへの思いや計画を丁寧に伝える中で、少しずつ理解を得ることができました。」
地主の方は、「代々受け継いできた大切な土地を、将来的には多くの人に楽しんでもらえるような場所にしたい」という思いを持っていました。そして、土地を傷めない形で事業を行うという大野さんの提案に共感し、ついに承諾を得られたのです。「トレーラーハウスなら木を切らず、土地を傷めることも少ない。そういった配慮が、土地の持ち主の思いにも応えられたと思います。」
八ヶ岳を選んだもう一つの理由は、そのアクセスの良さです。「東京から約2時間で来られる距離にありながら、避暑地としての魅力も十分です。ただ、軽井沢や那須ほどの知名度はなく、その分ポテンシャルを感じました。」
また、八ヶ岳にはいくつか高級リゾートホテルもあるものの、「ユニークで面白い宿泊施設が少ない」と感じていたと言います。「そのせいで、せっかくの自然を楽しみに来ても、滞在中に物足りなさを感じてしまう方が多いようでした。」
さらに、地元の人々から「冬の八ヶ岳は寒すぎて商売には向かない」と言われたことも重要なポイントになりました。「冬はマイナス10〜15度と非常に寒いですが、雪はあまり降りません。雪のレジャーを目当てに人が来るわけでもないので、どうしても冬の商売は厳しい。ならば、夏は八ヶ岳でオープンし、冬は移動して別の場所に行ける施設を作ろうと思ったんです。」
こうして、大野さんは移動可能な「トレーラーハウスホテル」という形にたどり着きました。

移動可能な宿泊施設|トレーラーハウスに込めた思い
大野さんが「ザ ノマド 八ヶ岳」と「THE NATURE 八ヶ岳」で選択したトレーラーハウスは、単なる宿泊施設以上の意味を持っています。それは、自然と調和する設計と、環境への配慮を徹底した結果でもあります。
「自然の中で過ごすことの贅沢さを最大限に伝えたい。そのために選んだのが、全面ガラスのトレーラーハウスです。」
「ザ ノマド 八ヶ岳」と「THE NATURE 八ヶ岳」のトレーラーハウスは、宿泊者が自然と一体となる体験を提供するために設計されています。壁の大部分を占めるガラス面からは、目の前の景色がまるで一枚の絵画のように広がります。
「大雨の日に宿泊されたお客様から、『土砂降りの中でも、トレーラーハウスという安心できる箱の中で守られながら、自然の凄さや偉大さを目の当たりにできた。素晴らしい時間を過ごせました』とおっしゃっていただいたことがあります。この言葉は、本当に印象に残っています。」
この言葉が、大野さんの目指す宿泊施設の価値を物語っています。それは、ただ泊まるための場所ではなく、自然の中で新たな視点を得るための空間であるということです。
自然に溶け込みつつも、宿泊者が安全かつ快適に過ごせる空間。その実現のために、大野さんは徹底して素材や設計にこだわりました。今回、「THE NATURE 八ヶ岳」での製作においては、私たち(「時と間」のデザインチーム”MATOMA|マトマ”)もこの設計プロセスに関わり、大野さんのビジョンを形にするために緻密なデザインを提供しました。


理想を形にするまでの挑戦
トレーラーハウスを製作するにあたり、大野さんは数多くの製作会社を訪ね歩きました。「日本にはトレーラーハウスの文化があまり浸透しておらず、なかなか私の理想に合う製作会社を見つけられませんでした。」
最終的に出会った製作会社とは、粘り強くコミュニケーションを重ね、素材や構造について細かい調整を行いながら完成させたといいます。「一つ一つのディテールにこだわり、妥協することなく仕上げました。完成したトレーラーハウスは、まさに私が思い描いていたものそのものでした。」



地域とのつながり|宿泊施設が果たす役割
大野さんが宿泊施設の運営を通じて大切にしているのは、地域の人々と宿泊者とのつながりを作ることです。
「大手リゾートホテルでは、施設内ですべてが完結してしまうことが多いですよね。それも一つのサービス形態ですが、私が目指しているのは、地域と宿泊者の間に新しいつながりを作ることなんです。」と大野さんは語ります。
その具体例として、大野さんは宿泊者に地元のおすすめスポットを丁寧に紹介するだけでなく、地元の方々が提供するサービスや特産品を積極的に活用しています。あるときは、地元で採れた野菜を宿泊者に振る舞い、またあるときは宿泊者が地元のカフェを訪れるきっかけを作りました。
「地元の方々が宿泊者と自然に交流し、楽しい時間を共有する場面を目にするたびに、この土地に宿泊施設を作って良かったと思います。」
こうしたつながりの中で生まれるのは、単なる観光体験ではなく「地域に溶け込む体験」です。

ザ ノマド 八ヶ岳とTHE NATURE 八ヶ岳|異なる役割、共通する哲学
「ザ ノマド 八ヶ岳」と「THE NATURE 八ヶ岳」は、大野さんにとって異なる意味を持つ2つのプロジェクトです。
「ザ ノマド 八ヶ岳」は、自分自身のアイデアとビジョンを形にした“自己表現の場”であり、大野さんが宿泊者一人ひとりと向き合いながら運営する施設です。一方で、「THE NATURE 八ヶ岳」は、ブランドとしてスケールしていくことを目的に作られたもので、地域の特色を生かした宿泊体験を各地で展開していくためのモデルケースです。
「『ザ ノマド 八ヶ岳』では、私自身が宿泊者と密に関わることで、お客様に最高の体験を提供しています。一方、『THE NATURE 八ヶ岳』では、私以外の人でも運営できる仕組みを整え、より多くの地域でこの宿泊スタイルを展開していきたいと考えています。」
大野さんの目指す「THE NATURE」のビジョンは、地域ごとに異なる自然や文化を尊重しながら、持続可能な宿泊施設を作ることにあります。「その土地でしか味わえない魅力を最大限に生かしながら、地域と宿泊者が共に豊かになれるような拠点を作りたいんです。」


大野さんの暮らしに欠かせない時間
それぞれの事業に勤しみながらの八ヶ岳での暮らしの中で、大野さんが特に大切にしている時間があります。それは、一人でコーヒーを楽しむひとときです。
「自然に囲まれた静かな環境で飲むコーヒーは、それぞれの場が持つ力を感じられる豊かな時間です。」
また、周辺には素敵なカフェが点在しており、そうした場所で過ごす時間もまた大野さんの暮らしに欠かせない要素となっています。
さらに、せっかく山の中にいるという環境を活かし、最近では山登りも楽しむようになったといいます。
「お客様の中には、山登りを目的に訪れる方も多いんです。そんなに楽しいのなら自分も試してみようと思い、実際に山に登ってみると、これがとても心地よい体験で。今では山登りの時間も大事にしています。」

地域をつなぐ拠点としての宿泊施設|未来への展望
大野さんの宿泊施設は、単なる滞在場所ではなく、地域をつなぐ拠点としての役割を果たしています。地元の事業者や住民とのネットワークを活かしながら、宿泊者がその土地の魅力を存分に楽しめるよう、さまざまな仕掛けを用意しています。
「地域に根付いた宿泊施設だからこそ、地元の方々と一緒に作り上げていくことが大切です。」
また、大野さんの取り組みは地域活性化にも寄与しています。例えば、地元のカフェや飲食店との連携を通じて、宿泊者が地域でお金を使い、地域経済に直接的な利益をもたらすよう工夫されています。
「宿泊施設が地域の中で循環を生む存在になれるよう心がけています。」

自然と地域、宿泊者をつなぐ新しいモデル
大野さんが作り上げた「ザ ノマド 八ヶ岳」と「THE NATURE 八ヶ岳」は、単なる宿泊施設ではなく、自然と地域、宿泊者をつなぐ新しい宿泊モデルです。
「宿泊施設は、その地域を楽しめる拠点であり、これまでの一般的なホテルでは提供できなかった、新しい宿泊体験を作るものです。」と大野さんは語ります。
また、「ザ ノマド 八ヶ岳」は、大野さんにとって自己表現の場でもあります。細部にまでこだわった空間設計と、地域の人々や宿泊者との温かいつながりが、この場所を特別なものにしています。そして、「THE NATURE 八ヶ岳」というブランドを通じて、このモデルを他の地域にも広げ、自然と人が調和する拠点を増やしていきたいと考えています。
「私は大手リゾートホテルのような運営はできません。その代わりに、お客様と密に接し、地元の良い場所やおすすめのお店を紹介したり、地元の方々とも交流できるようなサービスを大切にしています。」
八ヶ岳の静寂と美しい自然の中で、大野さんが届ける特別な体験。ぜひこの特別な空間で、心豊かな時間を体感してみてください。
これからも、日本各地の豊かな自然や文化を背景にした持続可能な宿泊施設の展開を目指し、大野さんは挑戦を続けていきます。

Credit
Written by Ryu Kanari (MATOMA LLC)
Interviewer Tomoko Kawano
Photographed by Ryu Kanari (MATOMA LLC)
Links|THE NATURE 八ヶ岳
Website|https://the-nature.life/
Instagram|https://www.instagram.com/the.nature_hotel/
Links|ザ ノマド 八ヶ岳
Website|https://thenomadhotels.jp/
Instagram|https://www.instagram.com/thenomad.yatsugatake/
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THE NATURE YATSUGATAKE
〒409-1502 山梨県北杜市大泉町谷戸 8599
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チェックイン時間: 15:00
チェックアウト時間: 11:00
※詳細は店舗へお問合せください。
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THE NOMAD Mt. Yatsugatake
〒409-1502 山梨県北杜市大泉町谷戸 8599
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