Skip to main content

水戸市で30年続く雑貨とカフェの店「ニュートラル」。大木 崇さんと根本 洋子さんが営むこの場所は、三度の移転を経てもなお、二人の“好き”を軸にした空間づくりで訪れる人を魅了し続けています。時を重ねた建物と家具の味わいを生かした店内には、長く通う常連客から初めて訪れる若い世代まで、幅広い人々が集い、思い思いの時間を過ごしています。変化する時代や地域の流れに柔軟に寄り添いながらも、自分たちらしさを大切にする二人の姿勢と、訪れる人を包み込むようなやさしい空気感は、この店が長く愛され続ける理由そのものです。

「好き」が導いた、二人の始まり

 

雑貨とカフェへの想いを共通点に出会い、30年前に「ニュートラル」を開業した大木 崇さんと根本 洋子さん。当時からカフェと雑貨を併設するスタイルで始めたこの店は、年月とともに形を変えながらも、二人の「好き」を軸に続いてきました。

大木さんは、日立製作所での会社員経験を経て、雑貨とインテリアへの関心からアフタヌーンティーを展開する株式会社サザビーリーグへ。店舗運営や空間づくりの現場で経験を重ね、独立に至りました。

一方、根本さんはアパレル販売を経て、喫茶店文化に親しんだ幼少期の影響もあり「いつかは自分のお店を」という思いを持ち続けていたと言います。 根本さんは、アパレル販売員として働く中で飲食の経験はアルバイト程度だったものの、喫茶店好きの母の影響で幼い頃から水戸市内の喫茶店を訪れ、その魅力が心に刷り込まれていったと振り返ります。街中に多くの喫茶店があった時代、お茶を飲む時間や昭和の喫茶店の空気感が大好きになり、やがて自分でもそんな空間をつくりたいという思いが芽生えたそうです。アパレルの仕事は好きで続けていたものの、「やりたいことがあるから」と退職を決意。その後大木さんと出会い、二人のやりたいことがぴたりと合い、一緒に店を始めることになりました。

 

 

 

 

2度の移転、地域とともに変化して

 

ニュートラルは、これまでに2回の移転を経験しています。1店舗目は道路拡張により駐車場が使えなくなり、やむなく移転。2店舗目は約80坪の広さでしたが、固定費の高さや人員の確保など運営面の難しさがありました。

やがて時代は、インターネット通販の普及や大型ショッピングモールの開業によって、人々の買い物のスタイルや動線が大きく変化します。そうした時流のなかで、「もっとのんびりした空気感の中で、ゆったりと店を続けたい」という思いが芽生え、ライフスタイルの変化も重なって、現在の場所へとたどり着きました。

 

 

 

 

3店舗目の場所が持つもの

 

現在の店舗は、かつて洋食屋として使われていた物件。通勤途中に何度も前を通っていたという大木さんは、ひときわ目を引く“大きな木”のある風景に心を惹かれました。

また、安心して停められる広い駐車場、そして「自由に改装していい」という大家さんの許可。車移動が中心で、特に女性のお客様には“停めやすさ”が重要だと感じていたことも大きかったといいます。古い建物を自分たちの手でつくり替えられることも、二人の“作る楽しさ”を存分に発揮できる条件でした。

店内には洋食屋時代の客席やワインボトルがそのまま残っていた状態から、約40日という限られた期間で自らの手で仕上げていきました。家具をリメイクした什器や、温かみのある空気感は、いまのニュートラルを象徴する風景になりました。

 

 

多店舗展開を経て、現在のNEUTRAL

 

2店舗目の時代には、市内やつくばでの多店舗展開にも挑戦しました。しかし、規模を広げたことで、自分たちの求める形を守り続けることが難しいと感じたそうです。最終的には1店舗に集約し、「自分たちが本当に大切にしたいことをやる」というスタイルに原点回帰しました。

当時は「頑張ってみよう」という思いが強く、失敗する気がしない——そんな根拠のない自信もあったといいます。アイデアが次々に湧き、それを形にすることが喜びでした。

「店ができるまでが一番楽しい」と話す大木さんは、“作ること”が好き。大型家具やテラスまで自ら手がけ、根本さんも「家ごと作れるんじゃないかと思うほど」と笑います。カフェの拡張で設けたテラスも大木さんがすべて一人で製作しています。

 

 

お客さまとの関係が、店を育てる

 

30年を経て感じるやりがいや大変さについて、大木さんは「大変だという感覚は今はあまりない」と話します。もちろん売上や人員確保に苦労した時期もありましたが、今はのんびりやれていること自体を楽しんでいるそうです。

一方、根本さんは「楽しさはある」とし、開業当初から通い続けてくれるお客様の存在や、自分の好きなことをして生活できる幸せを語ります。

「一番最初のお店から、今の店までずっと通ってくれているお客様がいる」。30年間で築かれた信頼とつながりは、親戚のような温かい関係へと変化していきました。本当に遠い親戚みたいな感覚で、お店に来てくれる方が初めはカップルで訪れていたのが、結婚して子どもが生まれ、家族が増えていく様子を見られる。そして今度はその子どもたちがまた増えていく——まるで親戚の子どもが増えていくような感覚だといいます。そうしたお客様の変化を見守れるのは、長く続けてこられたからこその、ご褒美のようなものだと根本さんは語ります。

 

 

現在の店づくりで意識したこと

 

根本さんは、自分が20代だった頃の時代背景を振り返ります。高校時代はDCブランドブーム、アルバイト代をすべて洋服に費やす風潮、セールのために学校を休んで並ぶこともあった。その後、お店を始めてしばらくすると、自分たちと同年代や少し下の世代だけでなく、上の世代のお客様も増え、洋服から暮らしの道具へと関心が移っていく流れを感じたといいます。

一店舗目から三店舗目まで共通して、お客様からは「この壁は何で塗っているの?」「このライトはどこで買えるの?」といった質問を多く受けてきました。ココヤシマットやテラコッタ床材など、自分たちも当初は知らなかった素材を調べ、建築関係の方に相談して取り入れた経験も。

大木さんは「ちょうど古民家を改装するブームの時期で、その雰囲気が好きだった」と話します。古い家を改装したり、古家具をリメイクするなど、自分たちの好みに合う店舗づくりを意識したそうです。根本さんも、長く通ってくれているお客様がここでどう感じるかを思い描きながら準備し、「落ち着く」「いい雰囲気」といった言葉をもらえるたび、この場所を選んで良かったと実感しています。

 

 

 

お客様へのこだわり

 

根本さんは、カフェではお客様の様子をよく観察し、メニューを見ているタイミングや「そろそろ決まったかな」という瞬間を察して声をかけるよう心がけています。なるべくお客様から呼ばれる前に、気づいて動くことを大切にしているのです。また、年上の女性のお客様にはあえて下の名前で呼びかけることも。これは、知人の飲食店で叔母が下の名前で呼ばれ、とても嬉しそうにしていた姿を見た経験から始めた習慣だそうです。親近感が生まれ、年上の方から可愛がってもらうことで、さまざまなことを教えてもらえると話します。

一方、大木さんは、商品の仕入れについて、自分が気に入ったもの、自分の店に置きたいと思えるものを仕入れるスタイルを貫いてきました。お店を長く続けるにつれ、好みの幅が広がり、以前なら選ばなかったものを仕入れることもありますが、それが意外に売れたりすることでお客様の嗜好を知るきっかけにもなっています。

カフェではタイミングを察して声をかけ、物販では自分たちが心から気に入ったものを置く。そんなこだわりが、店の雰囲気や世界観に統一感を生み、訪れる人々を惹きつけ続けているのかもしれません。

 

 

暮らしに欠かせないもの

 

大木さんは毎日「楽しいことを見つけようとすることかな。何か楽しいことはないかなって探すんですよ。そういう気持ちを持って生活している」と話します。

根本さんは「毎日気分よく生活したい」という思いから、肌触りの良いものを選んで身につけるようにしているそうです。また、食べることや飲むことが大好きで、美味しいものを食べに行ったり飲みに行ったりする時間を大切にしています。疲れを感じるときには、自然の中で過ごしたり、音楽を聴いたり、友人と会ったりしてリフレッシュしています。

 

 

町にとっての存在とこれから

 

根本さんは、お客様がここに来て、ゆっくり雑貨を眺めたり、この空間に触れたり、お茶やスイーツを楽しむことで、抱えているものを少し手放し、ほっと一息ついてリセットできる場所でありたいと語ります。そして「また明日から頑張ろう」と思えるきっかけになることが理想だといいます。店名「ニュートラル」には、“どこへでも行ける”という意味や“中立”という意味が込められており、その思いを象徴しています。

また、ワークショップやレッスンの開催は、根本さんが「この人にやってほしい」と感じた人に声をかけて実現しています。人柄や作品との相性を大切にし、カフェや雑貨の枠を超えて「いつも何か楽しそうなことをやっているお店」と思ってもらえるような、生きた空間づくりを目指しています。SNSで発信することで、すぐには来られない人にも興味を持ってもらい、やがて訪れるきっかけになることも狙いのひとつです。

今後は若い世代にも知ってもらい、訪れてもらうことが課題だといいます。若い世代が写真を撮ってSNSにアップし、自然な形で宣伝してくれることは大きな力になっています。

 

 

地域に開き、次世代へ手渡す場所

 

ワークショップやマルシェの開催など、イベントを通じて訪れる人の層が広がるなか、年下の世代の感性に刺激を受けながら「何か力になれたら」と語る根本さん。以前は年上のお客様に囲まれることが多かったものの、今では一回り以上年下の来訪者も増え、若い人たちの力になれたり、時には逆に教えてもらうこともあるといいます。経験から得た知識や感覚は、伝えていきたいという思いもあります。水戸という地域に、もっと素敵な店が増えていくことを願い、応援したいと話します。

一方、大木さんは「のんびりと健康に続けられればいい」といいます。仕入れや店舗づくりは完全に再現できるものではなく、自らが先頭に立つ今のスタイルを続けるしかない——そんな思いをにじませます。隣で根本さんも「このままやっていくんだと思います」と微笑みました。

「ニュートラル」という店名には、“どこへでも行ける”“中立な場所”という意味が込められています。来る人の気持ちをリセットし、明日への一歩を軽くするような場所でありたい——その思いが、30年という時間の中でじっくりと育まれてきました。

「名物じいちゃんになるのも悪くない」と笑う大木さんと、微笑む根本さん。変化を恐れず、自分たちらしさを貫いてきたお二人が営むニュートラルは、これからも変わらず、水戸に心地よい余白を灯し続けていくのでしょう。