福島市を拠点に建築設計・施工を手がける「アーキトリップ」。代表の桑名翔太さんは、設計業務に加えて複合施設「DAY to DAY」を運営し、地域に根ざした活動を展開しています。建築という専門的な領域を、もっと日常に近づけたい──その思いを胸に歩みを重ねています。
Profile
桑名 翔太|Shota Kuwana
福島県出身。大学で建築を学んだ後、設計施工会社、建築設計事務所で勤務。30歳で独立し、アーキトリップを設立。建築設計・施工を行うと同時に、複合施設「DAY to DAY」を開設し、設計を身近に感じられる仕組みづくりを進めている。
インテリア好きから建築学科へ
桑名さんの建築との出会いは、インテリアへの関心から始まりました。
「もともとはインテリアが好きでした。自分の部屋や家全体を模様替えする時間が好きで。その延長線上で、インテリアをやるためには、まずは建築を知らないといけないという、勝手な思い込みがあって」と桑名さん。中学時代に読んだ雑誌でイームズの存在を知ったことをきっかけに、興味はインテリアから建築へと広がっていきました。
大学進学を機に上京し、建築学科で意匠設計を学びます。卒業後は設計施工会社で経験を積み、その後は日本一周の自転車旅へ。東京から鹿児島まで走り、2カ月ほど鹿児島での暮らしを経て地元福島に戻り、設計事務所で働きました。
その後も「働いては旅に出る」を繰り返し、貯金しては海外へ。帰国しては再び働く──そんな暮らしを30歳頃まで続けていたといいます。
伝わりにくい設計の仕事
やがて桑名さんは、独立を強く意識するようになります。その背景には、設計という仕事が社会に伝わりにくいという葛藤がありました。
「独立願望はずっとあって。それはもう20歳ぐらいの時から、自分が独立してやるって決めてたんです」。
上京する当初は地元で独立するイメージはなかったそうです。それでも「一度東京に出て福島に戻ってきてから、福島の人を好きになるきっかけが増えて、ここに対して自分で何かしていきたいって思うようになった」と振り返ります。最終的には「日本全国で仕事をしたい」「海外で挑戦したい」と考えていたため、東京か福島かという違いは小さなことに思えるようになったそうです。
もうひとつのきっかけは、建築の世界と身近な人々との間にある“距離”でした。
「設計という仕事の認知度や、正当に評価されにくいこと。特に地方では“設計事務所って何をしているの?”と聞かれても説明に工夫が必要で、なかなか伝わらない。一方で、建築畑にいる人たちは“自分たちはすごい仕事をしている”という誇りを持っていて、そのギャップが大きく見えたんです。それをもう少し世間的に、身近な人にも知ってもらいたい──そう思うようになったのが、結果的に独立につながりました」。
建築をどうすれば社会に理解してもらえるか。その問いが、アーキトリップの出発点となりました。
建築を日常に近づける
独立後も模索は続きました。桑名さんが抱いたのは、「建築をどうすればもっと身近に感じてもらえるのか」という思いでした。
独立後も設計・施工を続けるなかで、「こんな設計をしています」「こんな家を建てています」と伝えても、なかなか人には響かないと感じました。そこで別の入り口が必要だと考え、インテリアなど日常に近い要素を強めていきます。
独立から3年目、桑名さんは「建築を日常で感じてもらう仕組み」としてDAY to DAYを構想します。目的は2つ。「地域に根ざした会社を作りたかったこと」と「設計という職業のハードルを下げ、認知度を高めたかったこと」です。
Instagramで「オープンのタイミングで一緒にできる人いますか?オープンに関わる初期費用や改装費は全てこちらで負担します」と呼びかけたところ、15人から反応がありました。その中からカフェと花屋が決まりました。
人を呼び込むために飲食は欠かせないと考え、カフェを入れることにしました。そしてもう一つは花屋です。暮らしに花は欠かせない存在ですし、建築の仕事にはお祝いごとも多く、その場面に花があるのは自然なことだと思ったからです。
DAY to DAY のこだわり
誕生したDAY to DAYには、桑名さんのこだわりがいくつも散りばめられています。
空間は3つの店舗が自然に見渡せるように設計され、「目的以外のプラスアルファに出会える場所」を目指しました。
たとえば、コーヒーを買いに来た人が花を見て「ついでに買っていこうかな」と思えるように。打ち合わせで訪れた設計事務所のお客さんが「帰りに花を買っていこうかな」と感じられるように。訪れた人が思いがけない出会いを楽しめる工夫を大切にしています。
さらに、地方ではあまり見られないデザインや色彩を積極的に取り入れ、空間そのものを実験の場にしました。
「普通ならやらない色の組み合わせや、使ったことのない素材をここで試しました」。
「お客さんから“これを作ってほしい”とはなかなか言われないようなことを、あえてやってみたいと思ったんです」。
カフェのカウンターのビールストーンや、花屋のカウンターのコンクリートなど、現物を実際に見せることで提案の幅が広がり、次の仕事につながることもあります。実際にDAY to DAYを訪れた人から問い合わせがあったり、色彩をヒントに美容室のデザインが生まれたりと、新しい展開が広がっています。
関係を“切らさない”仕組み
DAY to DAYは、住まい手との関係をつづけていく場としても機能しています。
アーキトリップでは「建築をつくって終わり」ではなく、その後の暮らしまで関わることを大切にしています。竣工の際にはDAY to DAYのコーヒーチケットを渡したり、花を定期的に受け取れる仕組みを整えています。
「竣工後に連絡をもらうときって、たいてい不具合のときなんです。でも、何かきっかけがあって、こうやって面と向かって話せば、もしかしたら悪いことを言うタイミングでもあるかもしれないんですけど、いいことを言ってくれる可能性もかなり高い。それを継続していけるような場所を意識しています」。
こうして暮らしの中で自然に再会できる仕組みは、住まい手との関係を長く続けるきっかけになっています。施設のオープン後はイベントやワークショップの参加も増え、自社開催の機会も広がりました。設計事務所単体では出会えなかった層ともつながり、「建築を入り口にしない人たち」にも自然と届いていきます。
人と働く環境への影響
DAY to DAYは、訪れる人だけでなく、アーキトリップで働くスタッフや仲間にとっても大切な場になっています。
ここで過ごすうちに、スタッフは「見られている」という意識が自然と身につき、それが日常の一部になりました。
カフェと花屋のオーナーも、通常なら誰にも相談できない悩みを、同じ空間で共有できています。
異なる業種が集まっているため繁忙期も重なりにくく、安定したにぎわいが続きます。「お店が落ち着いているときは自分たちがお客さんになろう」と、自然な交流が生まれることも魅力です。孤独に陥りやすい独立直後も、仲間と過ごすことで安心感が育まれています。
暮らしに生まれた変化
桑名さん自身も変わりました。かつてコーヒーを飲めなかったのに、「毎日コーヒー飲むようになったし、そのおいしさも少しずつ分かるようになって。花を飾ることも、今では当たり前になりました。僕自身が一番影響を受けている人ですね」と笑います。
建築を通じて人の暮らしを豊かにすると同時に、自らの生活も大きく変えていきました。
地域から世界へ
日常に根ざした活動を続ける桑名さんには、2つの展望があります。
ひとつは、この地域に根ざした会社であり続けたいということ。その上で、規模を今より少し大きくしていきたいと思っています。そうすることで、何かのきっかけをつくれる存在になりたい。いまは「モノ」を知るきっかけにしかなれていませんが、これからは「体験」や、もっと大きな事柄に影響を与えられる会社になっていきたいと思っています。
もうひとつは、地方から海外に発信できるような会社になることです。東京でも地方でも同じですが、最近は日本的な建築の仕事が増えてきています。それを知れば知るほど、日本の建築の成り立ち方や作り方には本当に奥深さがあると感じます。その考え方を、これからは海外にも発信していきたいと思っています。
「建築をもっと身近に」。その言葉どおり、桑名翔太さんの挑戦はこれからも続きます。設計を暮らしのすぐそばに引き寄せ、地域に小さな変化を積み重ねていく。その物語は、やがて地域から世界へと広がり、多くの人を思いがけない旅へと誘い、そこでしか出会えない景色や人との出会いが広がっていくことでしょう。
Credit
Written by Tomoko Kawano
Interviewer Tomoko Kawano
Photographed by Ryu Kanari (MATOMA LLC)
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